天井からさがる毛糸

 

 

 

 

 

 

「美術館に虹をかけよう」
長野と仙台とを結んでいます

"Yarn Rainbow over Art Museum"

本館第二大展示室

学校が美術館になった日
 〜
とがびプロジェクトのまとめ展〜
 2005/1/8-25 9:00-17:00(水曜休館)
 長野県信濃美術館・東山魁夷館
 長野市箱清水1-4-4(善光寺東隣)
.026-232-0052


 

40年近い歴史をもつ長野県信濃美術館。そのファサードは十字架をモチーフにしたような、とても印象的な景観を呈している。ここでとがびプロジェクトのまとめ展「学校が美術館になった日」が開催されている。

 

展示室への通路に展示されているのは、圓井義典「Terephoto Box Project」。中に入れるようになっていて、ピンホールカメラの原理で外のものが上下左右反対にうつるというもの。

 

展示室のようす。
黒い床と天井が印象的なロフト的空間にならぶのは、戸倉上山田中3年生の美術選択の子どもたちがつくった作品約40点。昨年10月に行われたとがびプロジェクトにも、この子たちは作品を制作し、出品していたのだが、今回はまた新たな作品でこの展覧会にのぞんだという。しかし見ていると、どれも心当たりがあるように思う。つまり、それぞれの作品に作者の同一性が宿っている。私たちが多く顔や名前でひとを区別し、時がたってもそれらをもとにある人を他と区別できるように、ある人がつくったものには、その人を刻印するものが宿っている。
では、私のつくるものには、そうしたものが読み取れるだろうか。

しかしここでおもしろいのは、この中学生たちの作品は、どれもいわゆる「現代アート」と形容されるようなたぐいのものになっていて、伝統的な絵画や彫刻のようなものが、はじめから「美術」として前提されていないことだ。かといってそこで「現代アート」が前提されているかと言えば、それもちがうだろう。なぜこれほどに軽やかなのか。
しかしここで私はすでに問いならざる問いを立てている。思うに彼らにとって「美術」や「アート」といった領域、「業界」などにはどんな関心もなく、だから私が先に立てた疑問などはじめから問題でも何でもないのだ。彼らにとって重要なのは、大文字の「美術」などではなく、ただものをつくり表現するという、個々に営まれていくそれこそ本来的な美のあり方だけなのだろうと思う。

 

 

 

中学生の展示の中で、やはりどうしても私の目をひいたのは左の作品、郡万里奈さん、宮原梓さんによる「青い目」。ぴんとはったさまざまな色の毛糸が、床の上の毛糸玉から壁に向かってのびている。あるいは壁からのびた毛糸が、毛糸玉へと収斂している。
私の毛糸のインスタレーションとの類似を指摘したくなるかもしれないけれど、実際につくっている私には相違点の方により意識がいく。作者のおふたりもそうではないだろうか。おそらくただ素材として毛糸を使ったというだけのことだろう。それは多くの画家が油彩で描いていても、そこに類似点を読み込まないのと同様である。
私は毛糸を決してピンとはらない。緊張感をもたせず、風にゆれたり、ゆれずともそれがゆれるようすを想像させたい。
逆にこの作品ではピアノ線のように毛糸には緊張がみなぎり、まるでひとつの彫刻のようだ。ある「完成」への意志のようなものを感じる。それがとてもみずみずしい。

 

展示室内入口付近には、フェルトやフリースを使い、目の前でミシンをあやつる関野宏子+PLUGによる「ニョロテキスタイル」(上)と、和紙を使った吉岡紳行「光のオブジェ」(右)。

 

 

 

 

 

そしてこれが私の「毛糸の移動」。天井からのびた毛糸に、訪れた人が両手を広げたぐらいの長さ(その人の身長程度)の毛糸を切り取り、つないでもらう。毛糸は中学校らしく、金バケツにおさまっている。最終日までにどれぐらいのびるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バケツの近くにはテーブルと椅子が用意されている。毛糸をはじめとするいくつかのものについてのイメージをたずねるアンケートと、私がこの毛糸を使ったインスタレーション展示を行うきっかけになったCD「SATOKO」が置いてある。

毛糸を使った作品を制作するようになったきっかけ
私は一昨年の秋から、主に野外で、大規模に毛糸を用いたインスタレーション作品を制作しています。 私がこうした作品を制作するようになったきっかけは、一編の詩に接したことです。それはオウム真理教信者による坂本弁護士一家殺害事件の被害者のひとり、坂本都子(さとこ)さんが若い頃に書いた詩で、次のようなものです。
   赤い毛糸にだいだい色の毛糸を結びたい
   だいだい色の毛糸にレモン色の毛糸を
   レモン色の毛糸に空色の毛糸を結びたい
   この街に住むひとりひとりの心を結びたいんだ
坂本さん一家のゆくえが知れなくなり、それが結局殺害され、長野県、新潟県、富山県の三県にわたって一家三人がばらばらに埋められていたことがわかったのは、事件から6年ほど後、地下鉄サリン事件後のことです。都子さんの友人で、捜索にも尽力した中村弁護士は、一家の死を知った後、知り合いのシンガーソングライター国安修二さんとともに、『SATOKO』という1枚のCDを制作しました。
私がそのCDの存在を知ったのは、毛糸のインスタレーションを制作しようと思う約2年前、2001年のことです。しかしその時は、そのあまりに衝撃的な事件から、「お涙頂戴的」でナイーブなものにちがいないと勝手に思い込み、聴くことはありませんでした。はじめてそれを耳にしたのは、それから1年ほど後のことです。それは私の安易な予想を見事に裏切るものでした。背景にあるその悲惨な物語を知らずとも、それは作品として自立しており、私は自分の浅はかな思い込みを恥じるとともに、その背景や物語を語らずとも、作品として自立したものをつくることの重要さを痛感しました。そしてやがて、音楽として成立させることができるなら、視覚アートとしても提示できるのではないかと思ったわけです。それはオノ・ヨーコの「雲を数えなさい」といったインストラクション作品を、実際にやってしまうおかしさや、非日常性、違和感から生じる美的なものについて、とても興味をもっていた時期とも重なっていました。
こうして私はこの作品を、一方では「もの」として、つまり色と形、空間、出来事の技術(アート)として制作しながら、他方では「ものがたり」として、つまり都子さんののこした詩というきっかけ、種、苗から生まれ、育ち、さまざまな人との関係性の中で育てあげられ、さまざまに変化をとげていくひとつのストーリーとして制作しつづけることになりました。

 

 


「美術館に虹をかけよう」 もくじページ

学校が美術館になった日(フライヤー)

関連リンク

信濃毎日新聞朝刊2005/1/9の記事

長野県信濃美術館・東山魁夷館

「中学校に虹をかけよう」 とがびプロジェクトでの展示

SATOKO

つなぐこと 結ぶこと〜毛糸のインスタレーション一覧

戸倉上山田びじゅつ中学校

yarn project (English)
ながのアート万博
works これまでの作品一覧
home