展示までに考えたこと

 

"Loop up Sendai"

「るーぷあっぷ・せんだい」

七夕の糸で街を結ぶ

TANABATA.org2004「再生」展

2004/8/4-8(一部7/7-)
サンモール一番町、いろは・文化横丁
東北大学片平キャンパス
東北工業大学一番町ロビー
せんだいメディアテーク
野中神社ギャラリー

 

 

5/14 thu

 夜、村上タカシ先生から、仙台七夕のおりに行われるアート・プロジェクト「TANABATAオルグ」への出展のおさそいを受ける。とてもうれしい。お金ないのだが、明日は結婚記念日でもあるし、ワインを買って帰る。


5/18 tue

  TANABATA.org 2004への展示プランを考える(こちら)。
 このアート展のプランナーである村上タカシ氏は、実はくらくらするほどの偶然ながら、私が今学習塾を開いている建物に昨年までお住まいだったそうだ(そのほかに私が学生時代住んでいた石神井公園にもお住まいだったことが判明)。片平と呼ばれるそのあたりは街中ながら、実に自然豊かで趣深いところが多いのだが、散策するうちに、それら名所旧跡をぬって走るシティループバス「るーぷる仙台」に乗って、停車場ごとに点在するアートも見て歩けたらいいだろうと、「観光とアート」をテーマにしたこのプロジェクトを思いついたのだそうだ。昨年はこの意味が全くわからず、とりあえず「観光」をある程度視野に入れた作品を出展したのだが、もしかしたら今回のテーマ「再生」についてもよくわかっていないかもしれない。


5/25 tue

 毛糸を結ぶとき、私はすでにそこにあるものに結ぼうとしていることに気づく。考えてみると、新しく何か支持体を立てるなりつけるなりすれば、どのようにでも毛糸を展示できるのだが、わざわざ結びつけるものを用意することなく、そこにあるものにいかに結びつけるかを、私が考えているということに私は気づいた。別にそれが何かを意味している、というのではなく、ただ私はそれを無意識にひとつのルールとするゲームを行っているのだ。だから私でない誰かが同じようなことをするときには、そこにあるものにしか結んではいけないのだろうか、といった質問をするかもしれない。そうしてはじめて私はやっとそれが規則だったことに気づくわけだ。それまで私はそれに気づくこともなく、それにしたがっている。何とも奇妙なことであり、そして何とも自然なことである。


2004/6/1 tue

 仙台七夕のおりに行われるTANABATAオルグへの出展プランをシナリオ風にまとめたものをつくる(こちら)。もちろん全部できるとは思わないけれど、プランをつくるだけなら何の支障もないので考えられる程度に大きなものを考える。


6/8 tue

 仙台をぬって流れる広瀬川に、何本かの毛糸の橋をかける、というのはどうだろう。今回、TANABATAオルグに出展するものを考えていて、そうしたものを具体的に計画してみた。
 それから、建物の窓から毛糸をたらす、というもの。

  


6/9 wed

 TANABATAオルグに出展する予定の毛糸の作品、規模をプロジェクト開催地範囲内におさめたプランをつくりなおす(こちら)。


6/15 tue

 毛糸の展示が「SATOKO」からの引用であるように、私は何かを引用したり、視覚化したり、共鳴させたりするような作品をつくりたい。
 昨年つくったこの立体に、私は宮沢賢治と井上陽水を引用し、この立体にはオノ・ヨーコからの引用とそれについての私の文章を対置している。これらの引用は先の毛糸のようにダイレクトではないから、自分でもその結びつきについてあまり確信はないのだが、たとえばそれは説明するなら、次のようなものになるだろう。
 オノ・ヨーコの引用先である『グレープフルーツ・ジュース』は、引用からもわかるように、いわばシュールレアリスティックな事態を、ダリやマグリットのように視覚化せず、あえて概念にとどめることで描き切ろうとするもの、キャンバスを使わない概念上のアート、つまりはコンセプチュアル・アートの真髄ともいえる作品であるといえる。たとえば「雲を数えなさい。雲に名前をつけなさい」は、極端に実現不可能なものには見えないものの、一般的な生活という視点からすれば、ほとんど無意味で異質なもの、手術台の上でのコウモリ傘とミシンの出会いのような手ざわりを持つ何ものかであろう(それをひとは雲を見て数えようとしたりはしないものだ、みたいなことを言うのはあまりに的外れである)。そしてその違和感にふれた者はひかれ、その違和感を今度は外へと吐き出したいと願うのだろう。
 私の場合、それは実際にそれを行うことだった。私は昨年のある時期、実際に毎日ヒマがあると雲の数を数えていた。それは概念上のアートが、行動や状態としてのアートにかわる瞬間でもあって、毛糸についての詩や歌が、実際に毛糸を街に展示するという視覚アートに変質するのと同じおもしろみを、私はそのようにして感じていた(そしてまた、このようにさまざまに受容されていくことを、アートは想定していると言える)。
 そのように考えるとき、実際の枕木や板を、そっくりにもうひとつつくる、というのは、そうした概念上のアートをつくることと、それを実際のかたちとして制作することとを、ひとりで同時に行うことでもあるとはいえないだろうか。私が何かをもうひとつつくろうと思い、実際につくることに興味をおぼえるのは、これまでうまく言うことができなかったけれど、このような理由からであるように思われる。だから、それは最初の概念上のアート、プランがばかばかしく、突拍子もなければないほど、それが実現されてしまったときのおもしろみがますのだと思う。
 これでまた、引用した文と立体との対置の関連性も説明できただろうか。


6/16 wed

 そう(昨日のように)考えると、私の作品、アートは、基本的に「引用」からなっていると言える。
 むろんこうした文脈からすれば、具象的な絵画や立体は風景や人物からの「引用」であり、抽象的な作品にしてからが、「人間」という生活誌からの「引用」ということになってしまい(なぜなら私にしかわからない私的言語的なそれすら、芸術、アートとして受容されてしまった瞬間から、それは「われわれ」の生活の一分野を形成してしまうのだから)、そもそも「引用」でないものなどないということになってしまうかもしれない。しかしそれがつまりは私のものの見方、アートをどうとらえているか、ということなのであって、それはあくまで「正しい」が、かといってすべてがまた「引用」などではない、といったとしても、それも同じ理由から「正しい」と思う。つまり私がこのように述べたからといって、それは何かと対立するものではない。
 ところで、私は強く「この私」について考えたり意識したりするのだが、一番強くそれを感じるのは、この私について考えたり意識したりするときであるというよりは、逆説的ではあるが、他者との間においてこの私について思うときである。しかしそれは当然のことなのだろう。もし世界にこの私しかいないのなら、私はこの私を感じることもないだろうから。
 しかしここで私が、そのように言うとき、「もし世界にこの私しかいないのなら」というのは、この世界に種としてのヒトが私しか存在しなかったとしたら、という意味ではまったくない。むろんそういうことを想像することは可能だし、SF小説的な意味合いで言えば、おもしろくさえあるかもしれないけれど、私が今問題にしたいと思っている文脈の中では、それはまったく無意味で、どうでもいい想定だと言える。
 ここで私が言いたいのは、世界に私以外の人間が現に存在するように存在しながら、世界を認識する視線が開けているのがこの私以外にはないのだから、世界はこの私がそのように認識したものの総体のことであり、したがってこの世界には私以外の人間など存在しない、という考え方のことである。そういうことは十分想像が可能だろう。つまり、私以外の人間にはホンモノの感情や思考など存在せず、この私がそう認識するからこそそれが存在しはじめるのだ、ということ。独我論的世界。
 しかしそれは雲を数えることに似て、私には不可能なことに思える。いくらそうした状態を想定し、そう信じ込んでいると思っていたとしても、雲を数えつづけることができないと同じように、世界を私の存在、私の認識によって支えつづけることはできないと思う。
 これはまた、一足飛びに、雲を数えること自体が不可能であるとか、この私という存在によって世界はまったく支えられていないとかいうのでもない。それがどちらかであると前提すること自体がばかげたことであるにちがいない。
 そしてまた、そのようであるならば、人間が存在しなければ世界は存在しないという発想に関しても、同じようなことを言うことができるように思う。つまりそれは、存在するかしないか、といった問題ではないのではないか。


6/23 wed

 人と人をつなぐ、ということが大切であるというよりは、人と人はほとんどいやおうなくつながれてしまう、ということがポイントなのではないかと思う。つまり、私たちが見ていないつながり、つながりと思っていないつながりについて。あるものをつながりと呼び、あるものをそう呼ばないこと。あるものをつなぐべきだと思い、あるものについては取り立ててそうは思わない、ということにも気づかないということ。
 私がこのようなことを言うのは、たとえば私が「新人類」みたいな世代に属していて、人との直接的なコミュニケーションを嫌い、自分中心の気楽な生活こそが豊かで自由な生活のあり方だと主張する、もうそれほど若くもない、しかし上の「世代」から見ればやはり「若者」だからなのだろうか。リアリティからバーチャルな、リアルからシミュレーションな空間でより多く生きている「世代」から、「時代」だから?
 いわゆる「一般的なこと」を言おうとする言葉には、最近はほとんどまじめに耳を傾ける気がしない。ダジャレか何かを聞いているような感じでは、ときに面白いとは思うけれど、それを大真面目に語る人や、それを本気で信じている人とは、ほとんど話が合わないと思う。どうぶつ占いの方がまだ興味深い。
 それを語るのが、「この私」であるということ、つまり一般的なことを。そうした意味で、そうした文脈でしか、そうしたものは意味をもたないし、ということは、「一般的なこと」は、もう一層上の層を想定した上でしか語ることに意味はないのだと思う。つまり、「一般的なこと」と称して「この私」が語らんとしていることがあるということ。そうした位置関係は、「この私」を語る上でも、「この私」として私が何を語ろうとしているのか、というもう一層上の「この私」を想定することなしに、ただそういうものとして語ることや、語ることができると思うことは、無意味なこと、ダジャレとかそういったもの以上に意味あるものではないにちがいない。

 TANABATAオルグ「再生展」への出展プランをさらに練り直す(こちら)。展示期間中はもちろん、展示までの間にも、毛糸やその他についてもつイメージや、母国語がもつイメージについてのアンケートを行う予定。それが展示の一部になるとともに、間接的な説明、導入になっている、というもの。毛糸についての個人的イメージや、日本語が暗にもっている語感のようなものについてすこし思いをめぐらせてから私の展示を見ることは、そうしたものを経ずに見るのとはすこしちがったものになるのではないだろうか、という考えから。アンケートはそのうちネット上でも行う予定。


7/6 tue

 TANABATAオルグ「再生展」への出展作(プランはこちら)の、出展場所との交渉が先週あたりからめきめきと進む。
 とはいっても、めきめき進めてくれているのは実行委員の学生さんたちで、私は何もしないか、ただついて行って資料を見せるだけなのだけれど。
 しかし何はともあれ、こうして何らかのテーマ性をもって、見知らぬ人との間に関係が生まれていくのはとても楽しい。それともそれが「アート」にかかわることだからだろうか。いわば、何かつきぬけてばかばかしいことだから? 最初は何かわけのわからないこととして、こちらの説明を慎重に聞いている相手が、「(何だかわかんないけど)やってみましょう
!」とかいうことになるときの「おもしろさ」。特に「かなり難しいかもしれません」などとかなりまじめな調子で言われていながら、あとであっさりOKが出たときの爽快感は、何にもかえがたい。ある意味、別にそれでどうということもないわけなのだが、いったいこれはどういうことなのだろう。本当にまさに個人的な趣味の世界から出発している話が、「アート」とか何とかいろいろな衣を着せられ、何らかの認知をされる、ということの喜びなのだろうか。もちろん、個人的な世界から出発しない話などないわけだが。

 何かを引用することで、それを作品化していくのと同じように、文化的なものによって、「そのように在る」とされているものについて、それを読み取ったり、読みかえたりしていく、ということにとても興味がある。今行っている毛糸等についてのアンケート調査もその一種である。次に考えていることとして、「布」がある。布は、たとえばアート作品の素材としてクリストとジャンヌ・クロードが使いつづけているものでもあるが、そんなこと以上に、われわれの歴史や文化との間の長いかかわりのあるものである。たとえば、アフガニスタンに取材した「ヤカオランの春」(川崎けい子・中津義人監督、2004、仙台での上映会についはこちら)では、竿にあざやかな緑や青の布を巻きつけた墓の前で女性たちが泣きぬれる、とても印象的なシーンがある。こうした布は、殉教者の墓に対して捧げられるものなのだそうだ。もちろんそこには、それらの人々の死が、同じイスラム教徒による「ジハード」の名による虐殺によってもたらされた「殉教」であるという複雑な事情があったりするのだが、かわいた大地にはためく緑や青の布は、とりあえずとても美しい。そしてそうしたずれは、いたるところにあるものだろう(たとえば絵画でも、モネの描いた橋の絵が、美しい風景を描いただけに見えながら、普仏戦争後のフランスの復興を象徴している、とか)。そうした「物語」は、ときに過剰なものでもありうるのだけれど、それを否定することも、排除することも、当然ながらできない話なのであり、あるいは「できない話」などという言い方はあたかもできないことを悲観しているかのようだけれども、そうしたレベルで語ること自体がばかばかしいことであると思う。「毛糸」を表わす英語yarnが、「ほら話」をも意味しているのは(あまりにできすぎた話にも聞こえるかもしれないが)、とても象徴的ではないだろうか。


7/17 sat

TANABATA.org「再生」展の出展スケジュール
(変更の可能性あり)

※「再生」展全体のスケジュールはこちら

7/31〜 金港堂書店本店にて展示開始。
8/4 〜 野中神社、南町通り〜東北大片平キャンパスまでの通り、東一番町教会にて展示開始。
8/5 開発好明プロデキュース・デコカー展示出展(国分町通り
8/6〜 サンモール一番町(トモズ前〜南町通り)
8/7〜 東北大片平キャンパスにて展示開始。8/7日没後〜午後9時までは多元研中庭にてライティングあり。ただし、多元研中庭はとてもわかりにくいので案内所や地図で確認してください。
同時に片平キャンパスにてデコカー展示。

以上、いずれも8/8まで。つまり、徐々に街に毛糸の「天の川」が結ばれていき、8/7にやっとすべての展示が完成する、というもの(ただし8/4からの南町通り〜東北大片平キャンパスまでの通りは市役所との道路占用のための交渉が難行しており、キャンセルの可能性もあり)。
ちなみに8/6〜8/8が仙台七夕(8/5は仙台七夕前夜祭の花火大会)。

 展示はすべての場所で、毛糸のインスタレーションおよび毛糸に関するアンケートの展示を行う。また、多元研中庭ではCD「SATOKO」が聞けるようにする予定(なお、現在サンモール一番町で「仙台七夕音頭」「青葉城恋歌」とともに流してもらうよう交渉中)。
 これまで街中で行ってきた毛糸の作品としては、昨年11月のサンモール商店街が、坂本都子さん一家が亡くなった11月にちなんで、毛糸を歌った詩の「オリジナル」4色(赤・黄・橙・青)。つづく12月が、オリジナルの4色に加えて、クリスマスにちなんだクリスマスカラー赤・白・緑の3色。そして今年3月の中本誠司現代美術館の個展では、それら6色を、6つの願いにかけた赤・白・緑・黄・橙・青の毛糸を結んできたが、今回は毛糸を「虹」にみたてて、七色(赤・橙・黄・緑・青・藍・白)の毛糸を展示する予定。
 この毛糸プロジェクトへの協力(毛糸の送付アンケートへの回答)は随時受け付けています。どうぞご協力ください。


7/31 wed

 TANABATA.org「再生」展への展示を一部始める。金港堂書店本店の地下から2階にいたる階段で、この店舗はNHK連続ドラマ小説『天花』にも出てきたそうだ。いかにも老舗といった風情の書店で、私はここに小学生の頃から通っているが、オトナになってここでこんなことをすることになるとは思っていなかった。らせん状になった階段の手すりに、毛糸を通すのにうまいぐあいに穴があいていて、店長さんにそれについて聞くと、以前はここにネットを張っていて、そのときの穴なのだそうだ。そう言われてみれば、小学生の頃、手すりから見下ろした階段わきには、確かにネットが張ってあったような気がする。だから私のこの毛糸は、そのネットの再生、そこにそうしたものがあったという記憶でもある。
 今日での夏期講習もひと段落。最後の授業に来ていた中学2年生をこの毛糸はりの手伝いにさそったところ、終始「これ、意味あるんですか」を連発していた。搬入を終えて、向かいにある「銀たこ」でたこやきをラムネを食べているときにも、「本当に、意味あるんですかねぇ」とやめようとしない。おそらくこれが本当の疑問なのだろう。つまり「意味がないんじゃないか」と言いたいのではなくて、本当にそのこたえが知りたいのかもしれない(半分くらいは言いたいのかもしれないが)。


8/2 mon

 毛糸を「結ぶ」、毛糸を「かける」といった語について、知り合いとメールでやりとりしていて、いくつか示唆に富む英語の言い回しを教わったりしていたのだが(たとえばString a clothesline across a yard. 庭に物干し綱を張る、 String words together. 語句をつなぎ合わせる)、stringという語の連想から、空に張った弦、空にかける音色、といったアイデアを得られそうな気がする。

 去年、七夕のおりにつくったものに書いた文章を読み返していて、つい最近思いついたと思っていたこととまったく同じようなことを書いているのに気づいてすこしびっくりする。何か新しいこと、以前より先に考えを進めたのではないかと思っていたのに、ゼンゼンそんなことはないようである。おんなじようなことをおんなじように考えては、またおなじことを繰り返している。


8/3 tue

 今日からTANABATA.org「再生」展への本格的な搬入が始まる。全体のオープニングが明日なので、ほとんどの人も今日が搬入日である。テレビ局なども取材に来ていて、私は手配していた脚立が午後3時になってやっと届いたので、それまでずっとほかの作家の方と雑談などしながら過ごした。
 通りの街灯や協力してくれる店舗などに毛糸を結んでいると、街の人が何かれと声をかけてくれるのだが、みな一様に「酔っ払いに気をつけて」という。酔った人がいたずらをするのだという。私は学生の頃ラグビー部で、毎週日曜は試合そして遅くまで飲み会だったが、酔って何かを壊したりいたずらをしたりという記憶はない(記憶がないだけだろうか)。というより、酔ってとか酔ってないとかいうことでなく、そうしたことをする気持ちに全然なれないのだが、そういうのは性格とかそういったものの問題なのだろうか。あるいは私が強く社会的に統制されているということなのだろうか。
 ひとや自分の個展や展覧会のおり、私は展示作品には指示がないかぎり、絶対にふれようとは思わないのだが、まったくおかまいなしに作品にふれる人がいて、とても不快な気分になる。これはしかしある意味では「自然」な反応であって、何かにふれて理解しようとするのは、当然のことなのかもしれないとも思う。つまり私は展示作品には絶対に手をふれてはいけないという社会的統制に強くしばられているのだと思う。そして、だからなのかもしれない。私が「アート」と称して、こうしたいっさいがっさいのことをしているのは。そうしたことをまったく必要としない人、つまりさわりたければさわる人には、「アート」などという大文字の言葉など、まったく必要ないのかもしれない。


8/4 wed

 TANABATA.org「再生」展がスタートする。仙台のアーケード街にも今日は「七夕」を飾るための竹がどんどん搬入されて来る。私の毛糸は特に問題もなく、昨日設置したとおりに風に吹かれていた。ちょうどお昼休みの時間に現地に着いたのだが、お弁当を買いに出かける人々が毛糸をながめながら、「天の川をイメージしてるんじゃない?」「虹かと思ったけど」といった会話をかわしている。向こうの方からこちらへ、あるいはこちらから向こうの方へと三次元的に見えるそれは、まさにあらゆる装飾を削ぎとったかたちとしての天の川であり、虹である。もの足りないという人もいるが、私はこれ以上の何ものもいらないと思う。なぜならそれは、リアリティとは対極にある表現だから。そしてそうした意味でリアルなのだから。写真やビデオといった二次元的な表現手段ではとてもその雰囲気を伝えられないのが残念である。日常の生活をいつも通り送っている方々の頭上にえんえんとつづきながらぶらさがっているそれは、あまりに非日常的である。

 2時から、せんだいメディアテークで行われた「アートNPOフォーラム・仙台セッション」というのを見に出かける。千葉大学の長田謙一教授がとてもよかった。特にアートを、社会や文化によってつくられていく人間が、そうしたものへの疑問の姿勢として自らにつける「傷」としてとらえ、しかもそれを通して再び社会へと戻っていく手段、ととらえているところには深く共感した。まったくその通りだと思う。この私はこの私であるということをある日とても不思議に思い、社会の一部であることを疑い出す。しかしそうした疑問自体がこの私/社会という対立の図式から生み出された空想の産物でもあるわけで、アートにせよ、何かを考えるということは、そうした自らの内なる疑問を自ら削り落としていくことにほかならない。そうした活動そのものが、生というものにほかならない。そうして「普通の感覚」を取り戻していくことが、何かをするということ、たとえばその意味にほかならないように、最近の私には思えるのだ。


8/5 thu

 TANABATA.org「再生」展2日目は、開発好明氏による「デコ・カー」に参加。おひるくらいから路上パーキングに車をとめ、毛糸を巻く。道ゆく人や信号待ちの車のあやしげなものを見るような視線を受け止めながら、天の川と、その両岸に配置された日章旗と星条旗というイメージで車に毛糸を巻く。がまんしきれずに「何をやってるんですか」と尋ねて来る人に、アートですといってチラシを渡すと「安心しました」と言って日常空間へと戻って行く。
 夕方から、サンモール商店街内の毛糸を結ぶ。たなばた飾りの設置状況を見ながら、ほぼ計画通りに進んだ。たなばた飾りの中では、毛糸はほとんど見えない、という話もあるのだが、そもそも毛糸ということで浮かび上がるあらゆるものがすべてそんな感じであって、私にはかえって似つかわしいように思える。おまつりさわぎの喧騒のはてで、天の川はひそかに断ち切られるのではないだろうか。
 明日は東北大の片平キャンパスへの搬入。これでやっと私の今回の展示がすべて完成する。


8/6 fri

 TANABATA.org「再生」展3日目、そして仙台七夕初日。
 今日は東北大学片平キャンパスでの設置作業をする。多元物質研究所という建物が四方を囲んでいるひっそりとした50メートル角ほどの中庭に毛糸をはる。その後、これとサンモール〜柳町〜東北大片平キャンパス北門とをつなぐための毛糸を、東北大学総長室の入っている「由緒正しい」建物に設置。完了したとたん「ここは展示できない」と言われ、撤去するはめに。
 とはいえ、こうしてサンモール商店街・野中神社から出発した毛糸は、いろんな意味で紆余曲折を経て、最後は多元研(いろいろな分野の方が分野をこえて研究している施設らしい)へとたどり着くという、全長500メートル強のこの毛糸の展示はいちおう完成。毛糸を結ぶということ自体は何の変哲もないものだし、どんなにそこに意味を読み込もうとしてもたかが知れているような気がするけれど、街をつっきってあそこからあんなところまで結ぶ(これを単に500メートルという距離にしてしまうとこれがまた意味合いが変わってしまうのだが)ということを、本当にやることにこの作品の意味があると思う。つまり、「雲をかぞえなさい」とかそういったたぐいの「指示」にただ単に従うということが、そうしてうまれてしまったもの自体が、何よりも意味をもつということ。そういうことを私は何よりも欲しているのだろう。そういう態度を、私はとてもとても求めているのにちがいない。


8/7 sat

 TANABATA.org「再生」展4日目、そして仙台七夕2日目。
 朝、東北大学片平キャンパスに毛糸のデコカー(デコレーション・カー)を展示した後、おたがいにそっぽを向いている銅像があるので、ふたりを毛糸で結んであげようと結んでいると、突然どこからか現れたおじさんが「これは私のセンパイの銅像だ! こんなことするなんて失礼だろうがっ!」と怒鳴りつけられてびっくりする。「よくイタズラするやつがいるんだ」とか言うので「イタズラじゃないんですが」と説明しようとするが、とにかくそういうフンイキではなく、私が毛糸をはずすまでえらいケンマクで見張っている。昨日もこれほどめちゃくちゃではないにせよ、撤去するまで職員一堂帰りません、みたいなすったもんだがあった後なので、朝から何ともうんざりなのだが、私にとって不思議なのは、私が自分の個人的な感情や考えからアートをつくるという行為に及ぶのとまったく同じように、おじさんは自分の個人的な感情(や考え)から私のアートを「失礼なもの」と判断して撤去させるという好意に及んでいるわけで、私にはこれらふたつはかたちとしてまったく同じ根拠に拠っているように見えてしまい、おじさんが自己の価値観を主張しようとすればするほど、私の立場も尊重しなくてはならなくなるような気がするのに、現実にはそうはならないというところだ。道徳的なことがら、つまり「だってそうだろう」みたいな言い方で片付けられてしまうもろもろのことは、私にはすべてそのように見える。一方が根拠としていることはまったく同様にして他方の根拠と表裏をなしているように、私には見える。自分の根拠をふりかざせばふりかざすほど、相手の根拠をより強固にしているのではないかと私には思えるのだが、実際にはほぼ絶対にそうはならない。
 私はおじさんが間違っている、と言いたいのではなく、私が正しいと言いたいのでもない。なぜ自分が正しいとそんなに強く思えるのかが、本当にわからない。それが純粋に私にとっては謎なのだ。
 むろん手続き上の問題として見るなら、たとえばこの場所は自由に使ってよい、という大学側の許可があるわけで、おじさんは私にではなく大学側にそうした申し入れをするべきだとかなんとかいう話になっていくんだろうけれど、私にとって関心があるのはそういうことではなく、どうしてひとが何かを主張できるのか、ということなのだ。主張できない、と言っているのではないし、そんなこと思うほどには私も狂ってはいないと思う。それともものすごく狂っているからこんなことばかり考えてしまうのだろうか。考え方がものすごく間違っているのかもしれない。私はすでにあるそうした主張の根拠を前提しているのだろう。しかし実際には、根拠は後から「発見」されるもので、私はいつまでもそうした本質主義的なへんちくりんな思考方法から抜け出すことができない。そういうことなのだろう。

 

 

 


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関連リンク

TANABATA.org 2004 「再生」展

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