ながのアート万博2006
3rd Party展
〜新進インスタレーション作家の紹介〜

ながのアート万博2006
2006/7/2-8/5
西之門よしのや
長野県長野市

制作意図詳細


「全体性=ホロス」と「第三の道」
先日、40年の長きにわたって、精神病と呼ばれる人たちとともに「造形教室」というかたちで芸術活動をつづけている安彦講平さんという方のお話を聞く機会がありました。そしてまた、安彦さんの「造形教室」のひとつがある茨城県の精神病院の院長的場さんのお話や、「造形教室」を5年以上かけて追ったドキュメンタリー『心の杖として、鏡として』(監督:萩原磨、共同監督・撮影:高橋愼二、2005年)もいっしょに見たのですが、そうした中で印象に残ったのは、「癒しhealing」とはギリシア語の「ホロスholos=全体性」に由来する言葉、概念であり、われわれが失っている全体性を取り戻すことが、すなわち「癒し」なのだ、というお話でした。
という、それだけを聞けば、何やら宗教めいた、けっこううさんくさげなお話に、あるいは予定調和風のどこか都合のいい話のように聞こえるかもしれません。しかしそれは私からのまた聞きという、それこそ欠落した状況、つまり「全体性」を失っているからで、その真摯な取り組みを見、実際にご本人を前にその口から直に発せられる言葉を耳にすると、この人たちは本当にそれをやっているのだという、その当たり前のことが、はっきりと伝わってきました。
禅では「即心是仏」といい、「不立文字」といいます。これらについて、いろいろな解釈なり、ありがたいお話なりがあるかと思いますが、それらすべておしなべて、その文字や言いだけをとるならば、反駁するに易く、いかようにも誤解されうるもののように思われます。しかし、やはりそれがもし「全体性」をもってながめられるならば、それはおそらく受け取る側の器量の問題に転化されるわけで、いかようにも深く、またいくらでも豊かになりうるものでしょう。「無我」というのも、おそらくはそうした、ある具体的な文脈の上で、つまり「全体性」の中で、受け取られ、悟られるべきもので、形式的で抽象的な概念や、はたまた「滅私」とか「没我」などとは全然ちがったものに違いありません。
「近代主義」の負の遺産のように言われる「我思うゆえに我在り」といった言明にせよ、それは素朴な真理をついた言葉であり、私はけっこうそういうことを本気で言う人が嫌いではなかったりもするのですが、やはりそこに内在するべきは独我論的な響きではなく、私がこの私をそれと知ることができるのは、私でない何かが存在するからであり、そうした「全体性」なり「世界」なりを、別に「みんなでいるから楽しいな」とか「譲り合いの精神が大切だ」みたいな道徳的な文脈においてでなく、視野に入れながらものを見ていこうとすれば、必ずや形式的で抽象的な、いわば欠落した状態でものを見ることの乏しさに気づくことができるのではないかと思うようになりました。
単純な二律背反や二項対立に依拠した「勝ち組み/負け組み」「第一世界/第三世界」「宗教対立」といった、バリエーションこそ豊かでありながら、内容的にはあまりに乏しい図式が、いったいいつまでたっても問題の本質や解決にいたる道すじを提示することができないのは、そうした図式のインパクトや劇場性にばかり動かされ、図式や劇場といった欠落したわかりやすさ、いかにある主張のために何を欠落させるかという能力に価値が置かれているからにほかならならないように思います。
私の利益があなたの損失であることを意味するような世界観は、別に「あなたがうれしければ私もうれしい」といった道徳主義的な、あるいは博愛主義的な立場によることなく、端的に誤っているし、またそうした立場によることなく解決するための視点、「第三の立ち位置」に立つことができるのではないかと思います。
「第三の道」をテーマに掲げるこのながのアート万博「3rd Party展」への出展作品として、私は以上のような視点、「第三の視点」をテーマにした作品を提示したいと考えています。具体的には、それは3つの作品群からなるもので、それは私のたどった軌跡であるとともに、今現在も、そしてこれからも私が考えつづけるだろう問題です。

 

 

「この私」
まず第一に、私は「この私」という視点を表現したいと思います。それは善光寺への参道方面から西之門方向へ行くとまず目に入って来る「よしのや」ののれんをくぐった通路に、無数にさげられた椅子と「ここには私の席はない」という言明とからなる作品です。
私はこれによって、たとえば現代社会に生きる人間の孤独とか寂寥感といったものを表現したいなどとは全く思っていません。また、全工程が機械化されたために、かつてこの通路の両側に住んでいたという杜氏さんたちはもういないといった不在性、ましてや近代と前近代といった図式などを表現したいのでもありません。
それを文字通りに表現したい、そしてそれは可能だろうかということを考えてみたいと思っています。
「ここには私の席はない」という場合の私は、無数にある「私」のひとつとしての「私」ではなく、まさしく「この私」、たとえば門脇という名前で呼ばれるこの私が、何らかの原因で記憶喪失に陥り、門脇という名前で呼ばれ、アート作品を制作していたといったもろもろのことがらを忘れてしまったとしても、やはりその目からものを見、その口から言葉を発しているという意味で疑いようもなく「この私」と知ることができる、知ってしまう存在、逆にそうとしてしか表現しようもない存在としての比類のなさ、個別性をもった「この私」のことです。他の対象物のように、たとえば思い入れの深い記念物や好きな人といった意味で特別な存在などというのでなく、「この私」がなぜか「この私」であるという。「この私」との関係にとってのみ特別で比類のない在り方をしている「この私」。私はまずそのことを表現したいと思っています。
ところで、そうした絶対的な「この私」は、独我論的世界観とでもいうべきものを生み出す傾向をもっているように思います。つまり、「この私」が見ているものが「本当の」風景であり、対象であるというような。そしてまたそれは純粋な思惟としての独我論を容易に脱して、利己的な行為の正当性の根拠にも堕していく考え方のように思います。
別に私は自分の利益を考えるのがおかしいとか、誤っていると言いたいのではなく(かえってそうしたことに自覚的な人の方が好きだったりもするのですが)、逆に私たちはこの世界に生かされているのだから、みんなの利益を最大にするようにがんばろうとか、ましてや自分のことは勘定に入れずといった生き方はエライとか、そういったレベルで問題を語りたいのではなく、端的に独我論的な世界観では説明できないことがあまりにも多いし、議論としての発展性にも欠けるのではないかと思います。つまりそれは私にとって、かつてはおもしろく、魅力的な世界観だったのですが、今はそうではなくなってしまいました。
私はそうした独我論的世界観による唯一の真正な存在でも、みんなが自分の花を咲かせればいい世界にひとりのオンリー・ワンでもない「この私」について表現したい。
そこにあるのは「この私」に対する他のもの、という対立の図式ではありません。私はかつてそのように、「この私」という問いを立てていました。「この私」の特殊性というよりは、特別性に目を奪われていたのです。しかしそれは対立することなどできないほどに特別な在り方をしているものなので、それを独我論的な世界観に陥ることなく、また逆に形式化した価値や道徳主義的な誘惑に陥ることなく、文字とおりのそれとして受け取ってもらえることは可能だろうか、と私は考えます。そしてもしそれができたとしたら、「第三の道」は可能である、ということではないでしょうか。

「関係性」と「差異」
第二に、私は「関係性」を表現したいと思います。それは暗がりに、あるいは明るみのもとでの毛糸として表現されます。西之門清酒工場エントランス入口や工場見学ルーム内への設置を考えています。
私はこれまでさまざまな場所に毛糸を結ぶという作品を制作してきました。それは一枚のCDを聞いたことがきっかけです。それは、オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件の被害者・坂本都子(さとこ)さんが生前に残した、街に住む人の心を、いろとりどりの毛糸を結ぶようにして結んでいきたいという内容の詩、これに都子さんの友人である中村裕二弁護士と、シンガー・ソング・ライター国安修二氏が曲をつけ、『SATOKO』という一枚のCDにしたものです。
私は一編の詩が音楽として表現されたという事実に興味を覚えました。ならばビジュアル・アートとして、詩に書かれているとおりに毛糸で街を結んでみてはどうだろう、そんなひょんな思いつきから制作をはじめました。決して都子さんの「真意」である、街の人の心を結びたいなどと思ったからではありません。むしろ私はそうした「人と人とを結ぶ」といった楽観的で平和然とした発想がたいへん苦手なのですが、しかし結果的にこの毛糸はさまざまな人と私とを結んでしまうことになりました。
しかしこの「結ぶ」ということは、それほど「いいこと」なのでしょうか。関係性を結ぶことは一方では「しばり」であり、やっかいなことでもあるでしょう。アラブのことわざでは「親戚はサソリ」と言うそうですが、極端な話、坂本さん一家はオウム真理教との間にある種の関係が「結ばれた」ことによって殺害されてしまったわけで、人と人とが何らかの関係性を結ぶこと、何らかの関係性で結ばれてしまうこと自体は、善悪とは何の関係もないものなのではないか、と私は常々考えていました。そしてそれは今のところ、関係性とは、この私とこの私以外のものとの間にある差異をそれと認めることであり、それ自体のうちに何らかの価値判断がふくまれたり、それがどうして生まれるのかといったことがどうこうではなく(実際にはそれがどうこうなのでしょうが)、ただ単にそこに「差異」があるということがすごいこと、もっと関心を払うべきことがらなのではないか、という風に考えています。
もちろんまるで当たり前のことを言っているわけですが、たとえば「この私」との関連でいえば、この私をこの私と知れるのは、この私がこの私以外の何ものかと関係性を結び、そこに「差異」を認識するからであって、もしこの私しか存在しなかったり、そうでなくとも「差異」を認識できなかったり、あるいは「差異」が存在しなかったりしたら、まず私は私をこの私として認識することもできないだろうと思います。
つまり、「我思う、ゆえに我有り」という言明は、「我」以外の存在を前提した上でのそれであり、思考する「我」が単独に存在するという言い、あるいは少なくともそう解釈する向きは間違っている、ということが言えると思います。つまり「我」は、自分をだましているかもしれないものすごい力をもった神を前提してはじめて、「我」たりうるのです。そしてそれを前提したとたん、私は関係性と差異を、そして「世界」を構築しているわけです。
しかし「いい関係」と「悪い関係」があるなんて、当たり前じゃないか、とかそういったことが言いたいわけではないわけです。ある偉大な哲学者は、世界がいかにあるかよりも、世界が存在することに大いなる驚きをおぼえたと告白していますが、私は世界が存在することに驚くよりも、世界が存在するということを、なぜかこの私がわかってしまうということに信じられないほどの驚きをおぼえます。
その驚きの芽、存在するもの存在を表している関係性と差異の集積、つまりは「世界」を、このか細いいろとりどりの毛糸はあらわしているのです。

 

交錯する願い
第三に、私は「他者」を表現したいと思います。関係性の先には、この私以外のもの、特に「この私」以外の「私」がいます。関係性の糸は、「この私」と別の「私」によってにぎられなければ、ただ一方の端が地をひきずるだけの切れ端にすぎません。
たとえば、「オリジナリティ」という言葉があります。たいへん価値の高い言葉、概念で、アートの世界、特に現代アートの世界ではもうそれがひとつの判断基準のようなものになっています。
しかし「オリジナリティ」というのが、他の人にはないその人固有のものを意味するならば、厳密に言って、そんなものを他の人が理解することは可能なのでしょうか。私は「オリジナリティ」というものを、「この私」の比類なさと重ねることによって、そのようにとらえていました。
その人にしか理解できないものなどあるのか、といった問題はとりあえず置いておくとして、しかし本当に「オリジナリティ」というのはそういうことなのだろうか、だとしたらなぜこんなにも多くの人がそれに価値を見出し、それによってものを判断し、日々一喜一憂したりしているのだろうと、やはり私は人並みに自分の誤りにうすうす気づき始めました。
「オリジナリティ」というのは、言ってみればその人が、この「世界」、もっと狭く、私なりに正確な意味で言えば「私の世界」に対してもつ「他者性」のようなものなのではないか、というのが、今現在私が考えていることです。
それはつまり、前節で述べたような、世界の存在を支えるための「差異」の、極端なかたちなのではないか。私たちが「世界」をそれと知るための、境界線を設定するための、スケールや座標のような役割を果たしているのが「オリジナリティ」と呼ばれる現象なのではないか。そんな風に思い始めています。むろんここでいうスケールや座標というのは、絶対的な中心点や価値基準を設定し、対象をいわば対象化していくためのそれではなく、それと関係を結ぶことではじめて何かが、つまりはこの私が、「世界」にどのように定位するのか、そしてそれが同時に「世界」がどのようにあるのかを定めるような、そんな意味でのスケールや座標で、だとしたら、「アーティスト」と呼ばれるこんなにも多くの「役に立たない」人が今のような仕事をしても社会問題にもならず、今なお増えつづけていることにも納得できるというものではないでしょうか。
さて、かつて私は「願い」をテーマにひとつの作品をつくりました。願うという行為は、なぜそう願うのか、それがかなったというのはどういう状態のことなのかなど、どこか独我論的な世界をもちながらも、それらが短冊に書かれ、それを別の人が見るなどして容易に「共有」されること、掛け橋がかかること、コミュニケーション・ツールにもなりうることに気づき、いずれそれをひとつの作品として提示する機会をうかがっていました。七夕を期間のはじめに含むこの展覧会はうってつけの機会であると、満を持してこれを実現させたいと考えています。
それは具体的には、ふつうに願いごとをすることではじまります。願いごとは専用のシートに記入してもらい、シートには願いごとのほかに、連絡先住所を書いてもらいます。これを期間中にポストなどに集め、会期終了後、Aさんの願いをBさんに、Bさんの願いをCさんに、という風に、その願いをした人の名前や住所はもちろんふせて送り、送られて来た、いわば「ひとの願い」がかなうよう約1年の間、願ってもらいます。1年後の来年7月に、それぞれ願いを立てた方に願いはかなったかどうかを私の方から手紙等でたずねるとともに、その回答をまた名前等はふせて1年間いっしょに願ってもらった方へと伝えます。
ひとに願いを願ってもらうこと、またひとの願いを願うこと、それを常にではないにせよ、ある程度継続し、どうなったかを知らせ、知ること。
そうして「願い」という糸を通して、どこかの「私」とつながること。 そうした願いの「交錯」からなるこのアート作品は、ある種独我論的な世界を静かにこえて、しかしかといって独善的な博愛主義や道徳を説くのともちがったやり方で、「この私」と「関係性」「差異」とを包み込むもの、「他者」という大文字の用語を起動させることなくそれを表現する、アートにしてはじめてなせる何ものかになりうるのではないか、つまりは「第三の道」を具現化する装置になりうるのではないか。そんな風に私は考えています。

2006/2/26


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